【ベストナッジ賞】可燃ごみ処理費の開示による資源循環促進
概要
宮城県南三陸町では、町内で発生する生ごみをバイオガス施設で電気や液肥に変換して、町内に還元する資源循環モデルを運用してきたが、2021年までは、町内の家庭から回収される生ごみの量が目標より少ない状況にあった。そこで、この状況を改善するために2021年度にナッジ施策を検討・実行し、その結果、生ごみの回収量を14.68%増加させることができた。
背景
2011年3月に東日本大震災が発生し、宮城県南三陸町は甚大な被害を受けた。被災時に特に問題となったのは電気、石油、ガスなどのエネルギーの調達であった。南三陸町は、これらのエネルギーを町外から調達していたため、被災時のエネルギー調達は困難を極めた。
そこで、南三陸町は必要最低限の生活資源をできる限り地域内でまかなうために、バイオマス産業都市構想[1]を定め、その中核であるバイオガスプラント(南三陸BIO)[2]を2015年に開所、町内の生ごみを電気や液肥に変換して地域内で循環させるプラットフォームを整備した。
<南三陸町の生ごみ資源循環モデル>
2021年時点で、バイオガスプラントの運用開始から6年の月日が経過し、多くの住民に生ごみ分別回収が浸透したが、目標とする生ごみ回収量には達しておらず、一部の住民は可燃ごみとして生ごみを処理している状況だった。この状況を改善し、より多くの生ごみを回収・再資源化することを目的として活動を行った。
Behavior / Analysis:課題の特定とターゲット行動の設定
南三陸町の家庭から排出される生ごみについて、可燃ごみとして処理される生ごみの量を減らし、再資源化される生ごみの量を増やすことが、本活動のターゲット行動だった。
南三陸町の住民は、生ごみを分別し、ごみ集積場に設置する生ごみ専用バケツに生ごみを投入することで生ごみを再資源化できる。具体的には、家庭内で生ごみが発生した際に再資源化可能な生ごみをボウルやバケツなどに分別し、生ごみを出す際にはボウルやバケツを持ってごみ集積所まで生ごみを運び、生ごみ専用バケツのフタを開けて生ごみを投入するという行動が必要となる。
可燃ごみとして生ごみを処理するのであれば、可燃ごみ袋に生ごみを入れ、可燃ごみ袋をごみ集積所まで持ち込む行動だけでよいが、生ごみを再資源化する場合は、再資源化可能な生ごみは何なのかを把握する手間、家庭内で再資源化可能な生ごみを分別する手間、生ごみを別途ごみ集積所に持っていく手間、生ごみバケツのフタを開け閉めする手間が増え、住民の負担は大きくなる。
また、生ごみを生ごみ専用バケツに投入する際に別の住民が投入した生ごみが見えたり、臭いがしたり、などの不快感もある。これらの要因が生ごみ再資源化を阻む要因であると整理した。
Strategy:介入設計
課題「南三陸町の家庭から排出される生ごみについて、可燃ごみとして処理される生ごみの量を減らし、再資源化される生ごみの量を増やす」の解決方法として、「住民の負担や不快感の軽減による行動促進」と「住民に対する情報提供による行動促進」の2つの対策があると整理し、今回は「住民に対する情報提供による行動促進」にフォーカスをあてて介入を設計することにした。「住民の負担や不快感の軽減による行動促進」にフォーカスをあてなかった理由としては、運用を開始した2015年から分別ルールの見直し、不快感を軽減する生ごみ専用バケツの試作などのさまざまな改善策を自治体やバイオガスプラントを運営する会社が試みた結果が現状であるため、これ以上の改善は難しいと判断したためである。
「住民に対する情報提供による行動促進」を実現するためにどのような情報を住民に提示するのか? 私たちは「地域への利他性」と「損失回避性」の2つを刺激する情報提供を検討することにした。南三陸町住民の多くは地元で一生を過ごしているため、地域への愛着や地域への利他性が高い人が多いことが想定され、「地域への利他性」を活用した介入は課題解決に繋がると考えたためである。また、「損失回避性」については行動経済学の中でもスタンダードな理論であるプロスペクト理論[3]で大きなインパクトを与えることが示唆されており、「地域への利他性」を活用した課題解決をより促進する起爆剤になると考えたためである。
上記を踏まえどのような情報を住民に提示して介入するのかを検討した結果が下記のポスターである。南三陸町は可燃ごみ処理施設を保有していないため、可燃ごみ処理のために近隣の自治体に多額の費用を支払っている、という事実がある。この事実は広報誌などでわかりやすい情報として住民に開示した実績はない。南三陸町が公開している財務書類などをつぶさに確認するとこの事実を把握することはできるが、そこまでする住民は多くないと考えられる。よって、この事実は多くの住民が認知していないと考えられる。
そこで、この事実を包み隠さずに住民に伝えることで、住民の行動変容を促し、課題解決につなげることができると考えた。「地域への利他性」が高い南三陸町の住民が年間4,200万円という地域の大きな損失を把握すると「地域への利他性」が刺激され、地域のために何かをしないといけないという気持ちになり、生ごみ回収に協力するようになると考えた。また、年間4,200万円という大きな損失は「損失回避性」を刺激し、行動変容を後押しすると考えた。
<介入ポスター>
このポスターをどこに掲示して住民に介入するのか? 介入タイミングが重要と考え、介入方法を設計した。介入タイミングについて、さまざまな文献で重要性が指摘されている。例えば、ナッジ介入を検討する際に有効なチェックリスト型のツールである「EAST」では、タイミングよく介入することが望ましい行動を促進すると整理されている。
今回のポスターは可燃ごみ処理の文脈で経済的な損失を訴求しているので、このポスターが最大限の力を発揮するのは、住民がごみを意識している、かつ、金銭を意識している、この2つの条件を満たすタイミングであると整理し、町内で2つの条件を満たす動線が存在するのかを南三陸町環境対策課の職員やバイオガスプラントを運営する会社のメンバーと検討を重ねた。検討の結果、可燃ごみ袋を販売している棚にポスターを掲示して介入する方法を採用した。
Intervention:介入実施と効果検証
2021/09/13から3か月間、デザインした介入ポスターを南三陸町内の可燃ごみ袋を販売している11店舗に掲示した(町内全店舗である20店舗に掲示を依頼)。掲示店舗は11/20(55%)であるが、住民の主要な動線であるスーパーマーケット・ドラッグストア・コンビニをおおよそカバーでき、多くの住民にポスターを周知できたと考えている。
<南三陸町内の店舗に介入ポスターを掲示した様子>
介入効果の検証方法として、介入群と非介入群を準備して比較するランダム化比較試験が一般的であり、本活動でもランダム化比較試験を採用することを検討したが、最終的にランダム化比較試験での効果検証は難しいと判断して別の検証方法を考えることにした。ランダム化比較試験での効果検証が難しいと判断した理由として、本活動は可燃ごみ袋を販売する店舗にポスターを掲示する介入手法のため、どこの誰が介入ポスターを見るのかを制御することが難しく、介入群と非介入群をわけることが難しいためである。また、ランダム化比較試験を実施する1案として、一部の地区だけにポスターを掲示する方法も考えられるが、この方法の採用も難しいと判断した。理由として、南三陸町は4つの地区があるが、1つの地区(志津川地区)に店舗が集中しており、すべての地区の住民が買い物の際には志津川地区に集まるという町内動線のためである。志津川地区の店舗にのみポスターを掲示した場合は別地区にも影響が出ることが考えられる。また、志津川地区以外にポスターを掲示した場合は効果が確認できないことが想定される。そのため、一部の地区だけにポスターを掲示する方法での効果検証も難しいと判断した。
そこで、私たちは2016年~2020年の生ごみ回収量推移データを学習データとして、介入ポスターを掲示した2021年の生ごみ回収量を予測し、予測値と実績値と比較することで効果を検証する方法を採用した。具体的には時系列因果推論フレームワークであるCausal Impact[4]を利用して効果を分析した。生ごみ回収量の推移は毎年同じようなトレンドであり、2021年の生ごみ回収量を予測することは十分に可能と判断してCausal Impactでの分析を採用した。
Causal Impact を利用して2021年の生ごみ回収量予測値を出力して実績値と比較した結果は以下の通りである。
<ポスター介入を実施した2021年度の実績と予測>
折れ線グラフのオレンジの線が実績値、グレーの線は予測値である。グレーの帯は予測値の95%信頼区間であり、予測値が95%の確率でこの帯の中に納まることを示している。ポスター介入を開始する前の4~36週目までを見ると、実績値と予測値が同じような傾向を示しており、実績値は予測値の信頼区間であるグレーの帯の中に納まっている。この事実より予測は十分できていると考えられる。
そして、ポスター介入を実施した37週~49週を確認すると、予測値より実績値が高く、かつ、徐々に予測値と実績値の差が広がることが確認された。最初の数週間は、グレーの帯の上限付近を推移し、徐々にグレーの帯からオレンジの線が離れており、これはポスターが徐々に住民に浸透し効果が発揮されたと解釈している。ポスター介入を開始した37週~49週までの12週間の予測値と実績値を比較すると、1週間あたりの生ごみ回収量が予測値より14.68%高かった。
※参考①:CausalImpactによる効果検証結果
※参考②:CausalImpactが出力した予測モデル
Change:今後の展開
本活動によって1週間あたりの再資源化される生ごみの量が14.68%増加したと考えられる。かなりの効果があった半面、目標とする生ごみ回収量には未だに届いていないのが現状である。引き続きナッジ施策などを積極的に実施し、生ごみが100%再資源化される町を目指す。
全体を通して工夫した点、課題だと感じた点
工夫として介入タイミングを適切に設計した点がある。私たちは過去の経験から介入タイミングがナッジ施策の成功・失敗に大きく影響を与えることを実感していた。そのため、介入タイミングを特に念入りに注意深く設計するようにした。可燃ごみ袋を販売する棚に掲示するというアイディアにたどり着くまでに多くのアイディアを南三陸町環境対策課の職員やバイオガスプラントを運営する会社のメンバーと検討し、その都度「もっといい動線があるはず」と妥協せずにブラシュアップを進めた。この作業は工夫した点でもあり、同時にかなり辛い作業(苦労した点)でもあった。
1回目ベストナッジ賞事例:https://www.env.go.jp/content/900447952.pdf
参考文献
[1] 南三陸町バイオマス産業都市構想 https://www.town.minamisanriku.miyagi.jp/index.cfm/8,6273,c,html/6273/20141105-143604.pdf (アクセス2023/02/27)
[2] 南三陸BIO(ビオ)|資源循環の基盤づくり事例 https://www.aise.jp/case/circulation/minamisanriku_bio.html (アクセス2023/02/27)
[3] Kahneman, Daniel and Amos Tversky (1979) Prospect Theory : An Analysis of Decision under Risk, Econometrica, 47, 263‐291.
[4]Kay H. Brodersen Fabian Gallusser Jim Koehler Nicolas Remy Steven L. Scott. Inferring causal impact using Bayesian structural time-series models. Annals of Applied Statistics, vol. 9 (2015), pp. 247-274
問い合わせ先
NECソリューションイノベータ株式会社 イノベーション推進本部デザイン・ラボ第2グループ
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ベストナッジ賞2022の総評コメント
「客観的な事実の中から『いくらの費用を他市に支払っている』という損失回避や社会選好に関連する事実を見つけられれば、単純なチラシの提示であっても大きな改善効果を生むことのできる可能性を提示した点が高く評価され、2019年度に続いて、二度目の受賞となりました。」
引用元:http://www.abef.jp/prize/bestnudge/
ひと言メモ!
地域の実情をよく理解したうえで、損失回避バイアスを活用したナッジを適切なタイミングで効かせている点が参考になります。地域特性を理解すること、ナッジを効かせる適切なタイミング(タッチポイント)を考えることの大切さを改めて感じました。(YBiT・高木)
関連資料
出所:日本版ナッジ・ユニットホームページ