【ベストナッジ賞】固定資産税の口座振替勧奨ナッジ
概要
市税の期限内の納付率を向上させるため、口座振替の申込案内にナッジの知見を活用した。具体的には、固定資産税の新規納税者に郵送していた口座振替の勧奨チラシをナッジ版に改善し、申込時に記入が必要な所有者コードも同封して案内したことで、従来のチラシを送付した場合と比較して、口座振替の申込率が8.8ポイント(2倍強)上昇した。
背景
横浜市では、市税の納付方法を、納付書(金融機関やコンビニエンスストアなど)での納付、口座振替、クレジットカード等から選択することができるが、納付書で納付する場合に、納期までに納付されないケースが一定数存在する。督促後には速やかに納付されるケースも多いことから、戸塚区では、納め忘れの少ない口座振替での納付を勧奨する案内にナッジを活用することで、申込率の増加を目指した。
固定資産税は、戸塚区の税収の最も多くの割合を占めていることに加えて、転居や働き方の変化によって納税方法が変化する住民税や国民健康保険料と比較して、所有者が変わらない限り非自発的には納税方法が変わらないため、固定資産の取得時に口座振替を勧奨することで、その効果が持続しやすいと考えられる。
Behavior / Analysis:課題の特定とターゲット行動の設定
(1)最終目標
- 固定資産税の期限内の納付率を向上させること
(2)行動プロセスマップの作成
(3)阻害要因、促進要因の特定
- 令和元年度の横浜市民向けのインターネット・アンケートでは、口座振替を利用しない理由として、「自動引き落としへの抵抗感」や「申込手続きの手間」が多く挙げられた。
- 従来の勧奨チラシは情報量が多く、「口座振替のメリット」や「申込手続きに必要なアクション」が理解されにくい可能性があった。
- 口座振替のメリットは、納め忘れがないという点や繰り返し納付する手間が軽減できる点などの後から得られる利点が多く、目の前の手続きの手間と比較して過小評価されている可能性があった。
- 申込書類を記入する際に、送られてきた案内だけでは必要な情報が揃わず、別途送付されている所有者コードを調べて記入する必要があった。
(4)ターゲット行動
- 固定資産税の納付方法として口座振替を選択してもらうこと
Strategy:介入設計
口座振替の申込を促進するため、上記の課題を踏まえて、EASTのフレームワーク等を活用しながら介入案を作成し、担当者間でチラシの文言や記載事項の調整を行った。
情報量の削減については、必要な情報が不足しないよう調整が必要であったが、情報の優先順位を考え、同封物と重複する情報は積極的に削減するなど簡素化を図った。
加えて、口座振替の申込時に記入が必要な所有者コードを同封することで、手続きの際に別途送付されている書類を参照する手間を軽減した。
また、検証にあたって、対象者数と検出したい効果量をもとに各グループの必要人数を算出し、対照群(①従来のチラシを送付、②何も送付しない)を含む3グループに分割することにしたため、ナッジを活用した介入案は1案に絞った。
<主な変更点>
- Easy:文字数を削減して、申込に必要な動作が明確になるようシンプルなレイアウトに変更。また、所有者コードの同封により、申込手続きの手間を簡素化した。
- Attractive:「延滞金のリスク」という損失メッセージを強調することで、口座振替の利用を促そうとした。
- Timely:固定資産税・第3期の納期限を明示することで先延ばし行動を防ぐとともに、「新型コロナウイルスの感染予防」といったタイムリーなメッセージで口座振替の利用を促そうとした。
(出所)左:戸塚区作成。右:Behavioural Insight Teamの協力のもと、戸塚区と三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社が作成。
※ポイント:税金関連の行政文書は法律で文言が決められているものが多い一方、口座振替の勧奨チラシにはそのような制約がなく、区独自に表現を工夫できる余地があるため、このような変更が可能であった。
Intervention:介入実施と効果検証
(1)アウトカム設定
- 口座振替申込率の上昇
(2)実施方法
- 評価デザイン:ランダム化比較試験(RCT)
- 検証方法:固定資産税の新規納税者3,184名をランダムに①ナッジ版のチラシと所有者コードを送付するグループ(1,200名)、②従来のチラシを送付するグループ(1,200名)、③何も送付しないグループ(784名)に分け、各グループの口座振替申込率を比較 ※口座振替の申込有無は行政記録情報として把握可能
- アウトカム指標:口座振替の申込有無
- 対象:2020年度の固定資産税新規納税者のうち、2020年8月19日時点で口座振替を利用していない人
- 期間:2020年10月14日に案内を発送し、2021年1月5日時点の申込状況までを集計
- 倫理的配慮:案内が送付されない場合も口座振替の申込は可能であり、送付された場合も口座振替以外の選択肢を制限しないよう選択の自由を担保した。また、横浜市内の他の区では、2020年には口座振替の案内は送付されておらず、区民全員がこの情報を受け取ることが必須とはされていない事業であったことを踏まえて、③を設定した。
(3)結果
- 従来のチラシを送付した場合と比較して、ナッジ版の勧奨チラシと所有者コードを送付することで、口座振替申込率が8.8ポイント(2倍強)上昇した。
Change:今後の展開
- 今回の実証では「ナッジを活用した口座振替勧奨チラシの効果」と「所有者コードを同封する効果」を区別することができなかったため、翌年度に効果の切り分けを主目的とした追加検証を実施し、それぞれの効果が同程度(3ポイント弱)であることが明らかになった。
- 追加検証における「勧奨チラシの効果」と「所有者コードの効果」の合計(5.5ポイント)が、本実証の効果(8.8ポイント)よりも小さい要因として、ナッジを活用した勧奨チラシと所有者コードの両方を同封することによる交互作用が存在する可能性があると解釈している。
- いろいろな自治体に同様のデザインのチラシの使用を許可している。
- ナッジの活用が固定資産税の納期内納付率の向上に寄与しているか確認するためには、グループ別の納期内納付率や口座振替の継続率の検証が必要である。
- 横浜市が市税納付方法の選択肢を拡大している中で、口座振替に限った勧奨を継続・拡充することは難しいが、戸塚区としてはナッジを活用した口座振替勧奨のノウハウは活用していく。
全体を通して工夫した点、課題だと感じた点
(1)工夫
- 初めて行う実証であったため、検出できる効果量を3ポイントと保守的に見積もった。
- 送付内容はランダムに決定したが、同一住所に異なる種類の案内が送られることで混乱が生じないよう、同一住所への送付内容は1種類になるよう調整した。
(2)課題
- 勧奨チラシのデザインは大幅に変更しているため、どの部分が効果的だったのかは必ずしも明らかにできなかった。
参考文献
- The Behavioural Insights Team, 2012. EAST Four simple ways to apply behavioural insights https://www.bi.team/publications/east-four-simple-ways-to-apply-behaviouralinsights/
- 小林庸平・西畑壮哉・石川貴之・大泉優一(2021)「ナッジを用いた固定資産税の口座振替勧奨―横浜市戸塚区におけるフィールド実証」政策研究レポート,三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
- 小林庸平・西畑壮哉・石川貴之・横浜市戸塚区税務課・港南区税務課・金沢区税務課(2022)「ナッジを用いた固定資産税の口座振替勧奨と要因分解―横浜市戸塚区・港南区・金沢区におけるフィールド実証」政策研究レポート,三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
問い合わせ先
横浜市戸塚区税務課収納担当 メールアドレス:to-zeisyuno@city.yokohama.jp
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 行動科学チーム メールアドレス:merit@murc.jp
関連資料
出所:三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
納税の口座振替利用率を上げるには?
出所:Wedge ONLINE 社会の「困った」に寄り添う行動経済学
令和3年度ベストナッジ賞(環境大臣賞)
出所:環境省ホームページ
出所:日本版ナッジ・ユニットホームページ