【ベストナッジ賞】刑務所における受刑者の就労支援希望の申し出促進策
概要
- 刑務所等の刑事施設における就労支援サービスを利用する受刑者を増やすために、ナッジを活用したチラシを配布した。その結果、回帰係数の値は3.0ポイントであったが、統計的有意性は観察されなかった。したがって、「就労支援を受けることを希望する」に対する介入効果があったと明瞭には言えない結果であった。
- ただし、チラシ配布によって就労支援の内容理解が促されていることは確認できた。
- なお、本事業は、総務省が実施する実証的共同研究と連携し、実施した。
背景
我が国においては、「再犯者率」は上昇傾向にあり、「再犯防止」は大きな課題となっているところ、刑務所等に再入所する受刑者のうち約7割が再犯時に無職であり、就労は受刑者の再犯防止に極めて重要なポイントとなっている。
そのため、刑務所等では、受刑者に対する就労支援サービスを任意で実施しているものの、就労支援サービスを活用する者は出所受刑者全体の約2割程度(年間約3,300人程度)にとどまっている。
また、稼働能力がありながらも、出所後の就労先の見込みがなく、かつ就労支援を受けていない者もいる。
Behavior / Analysis:課題の特定とターゲット行動の設定
(1)最終目標
- 刑務所等における就労支援サービスを活用する受刑者を増やすこと。
(2)ボトルネックの把握と課題整理
- 刑事施設における就労支援の現状と課題を把握するため、刑務所等11施設の就労支援担当者へのヒアリングを実施。また、就労支援の制度を利用する側の意見を収集するため、刑務所出所者2名へのヒアリングを実施。
(3)行動プロセスマップの作成
- 上記のヒアリングを経て、以下のとおり、ジャーニーマップを作成。
(4)阻害要因、促進要因の特定
- 就労支援制度の内容への理解度が低いこと
- 受刑歴を知られると不利益を被る可能性があると考え、出所後に自分で仕事を探すことを希望すること
- 就労の当てがあると主張するが、その根拠が曖昧で見込みに過ぎないこと
- 生活保護や年金で暮らすことを希望すること
(5)ターゲット行動
- 就労支援制度の内容への正しい理解を促し、就労支援の利用希望の申し出を促進すること
Strategy:介入設計
【試行案検討にあたっての前提条件】
- 働きかけの方法
- アプローチする対象者(指標)
- 各施設リソースが限られた中での試行となるため、本事業の目的に沿って導入コストが低く汎用性の高い取組を優先的に実施
就労支援を受けていない者が多数存在する状況を踏まえ、集団全体への働きかけが不足していることが要因として考えられることから、今回は集団全体に働きかける方法を検討
A指標受刑者(犯罪傾向が進んでいない者)とB指標受刑者(犯罪傾向が進んでいる者)では、ボトルネックが異なると予想され、まずは、A指標受刑者(犯罪傾向が進んでいない者)を対象に介入を検討
※試行的介入の効果が確認された場合には各刑事施設で実装されていくことが想定されるが、幅広い刑事施設で、継続的に多く集団に働きかけていくことを踏まえると、各施設職員の人的体制等になるべく依存せず、かつ、あまり複雑なオペレーションとならない方法が適当と考えられる(ヒアリングで把握した取組の中には、効果が高そうな取組もあるが、多くの施設で実装されるために、今回の試行ではなるべく実施のハードルが低いものを実施することとした)。
【実施媒体の検討】
- ポスター
- チラシ
- 冊子
- DVDなどの映像放映
- 希望調査票等、施設内の現行の配布物への組み込み
- 受刑者同士の口コミ
設置場所が休憩室、運動場等となる可能性があり、その場合、休憩時間にしか受刑者がその情報に触れることが出来ず、短い試行期間の中では対象者全員に情報が届かない可能性がある。
新たに居室毎に配布だと現地への負担が生じるが、従来ある就労支援を受けることの希望調査票等の配布物と同時に配布することで、現地への負担を最小限にして実施できる可能性がある。
チラシと比較して情報量も多く入れ込むことが可能だが、施設ごとに具体的な取組の内容が異なるため、内容の統一性が取りづらい。また、各施設に共通するような制度の説明に関する内容は、チラシに載せる情報量でカバーできる。
一部の施設では、刑事施設の職員が就労支援に関する動画を制作・放映したことで、希望者が増えたとしている例もみられたが、施設が所在する地域の事業主の講話という内容が多く、施設ごとに就労支援制度の運用は細かく異なるため、汎用的でない可能性がある。また、番組制作に関する一定のスキルも必要。
各施設によって現行で使用しているフォーマットが異なり、調査内容にもバラつきがあるため統一が難しい他、施設の規則に従って配布される書類であるため即時の試行実施が難しい。
口コミで就労支援を知ったケース(ヒアリングで把握)もあるものの、原則として各工場間でのコミュニケーションはないため、情報の広がりは期待できない。また、効果を定量的に測るのが難しく、受刑者ごとのバラツキも大きい。
Intervention:介入実施と効果検証
(1)アウトカム設定
- アンケート調査によりアウトカム(就労支援を受けることを希望する)を測定
(2)実施方法
- 刑事施設内の工場を2群に分けて、一方にチラシを配布し、効果を検証(ランダム化比較試験)
- アンケートにより就労支援を受けることを希望する受刑者が増えたかどうかを検証
【効果検証デザイン】
▲刑務所毎に、ランダムに介入工場と非介入工場を割付(層別ランダム割付)
※受刑者は、所属する工場をランダムに指定される(一部の受刑者を除く。)
【アンケートの調査項目】
質問項目 | 質問の意図 |
施設名・所属工場名 | 所属施設・工場の把握 |
就労支援を受けることの希望有無 | プライマリアウトカムの把握 |
就労支援を受けることを希望しない理由(希望しない受刑者のみ) | 就労支援を受けることへの意欲を妨げるボトルネックの把握(統制群のみ) |
出所後の就労希望の有無 | 就労意識の変化(中間アウトカム)の把握 |
就労支援制度の内容について | 就労支援に関する理解度の把握 |
就労支援のメリットについて | 就労支援のメリットに関する認識の把握 |
就労支援に関する調査票の受領有無 | 本来、就労支援を受けることへの働きかけを行う対象であるかの特定 |
属性情報(年齢・残刑期) | 効果の異質性の分析 |
※アンケートケート用紙の冒頭の注意事項に、回答は任意であること、正式な就労支援の希望申込みとは異なること等を記載
※倫理的配慮について、本取組では就労支援の希望を問うだけであり、回答によって実際の支援への参加が決定されることはない。また、施設が希望した場合は統制群となった対象者にもチラシ配布の機会を設けている。
(3)結果
ア 就労支援の利用希望を促す効果について
回帰係数の値は3.0ポイントであったが、p値が0.243と大きく、統計的有意性は観察されなかった。したがって、「就労支援を受けることを希望する」に対する介入効果があったと明瞭には言えない結果であった。
イ 就労支援サービスの内容理解を促す効果について
チラシ配布によって就労支援の内容理解が促されている。
具体的には「刑事施設にいたことを知られずに受けられる支援がある」、就労支援に含まれる支援内容のうち「1対1の就職相談」「あなたに合った仕事の探し方」、そして「就労支援の有効性理解」については約5ポイント以上の介入効果が生じており、これらは5%水準で統計的にも有意な差となっている。
【アンケートの結果】
- アンケートの回収率は、約95%
- 回収率に大きな群間差はない。
【分析結果】
※介入群ダミー変数、層別ランダム割付に用いた各層を示すダミー変数(具体的には各刑事施設ダミー変数)を説明変数とする回帰式を最小二乗法によって推定
(4)考察
- 知識・理解の向上に到った受刑者に対してはその先のアウトカム達成に到るためにさらに追加的な対策を行うことが有効と考えられる。また、就労に対する見通しの甘さに対しては、効果的なアプローチの検討が必要と考えられる。
- 今回の調査から、就労支援を受けることを希望した受刑者は介入群・統制群ともに、過去の就労支援対象者割合実績である約2割を大きく上回っていることが明らかになった(約4割)。就労支援の意向表明と実際の希望申し出との間には大きな隔たりがあることが示唆されるため、この隔たりを解消するような希望の取り方をすると、就労支援対象者の増加につながる可能性がある。
- 今回の研究では、介入の効果が現れた層と現れにくかった層が混ざっていた可能性が考えられる。今後の介入の際には、「介入が効いて欲しい層」を明確にした上で、介入の効果が現れているかどうかを検証することが必要と考えられる。
- 刑務所等における効果検証の有利な点として、①受刑者の属性情報等のデータが既に取得されている、②取組の対象者/非対象者を明確に定義しやすい、③受刑者間のコンタミネーションのリスクを最小化できる、④刑務所等の性質上、外部要因の影響を受けにくい、といった有利な点があることが整理できた。
- 今回の取組を通じて多様な示唆が得られた。EBPMの実践に当たっては、効果検証の結果だけにとらわれることなく、施策の見直しや改善に向けたヒントが得られる貴重な機会として取り組んでいくことが重要である。
Change:今後の展開
- 作成したチラシは、実証実験を実施した施設以外にも共有し、利用を促した。
- 上記の通り、就労支援の意向表明と実際の希望申し出との間には大きな隔たりがあることが示唆されるため、この隔たりを解消するような希望の取り方をすると、就労支援対象者の増加につながる可能性があることと思われることから、そのための取組を検討したい。
全体を通して工夫した点、課題だと感じた点
- 職員の負担や実施のコスト、倫理面に考慮した上で、効果が一定程度見込める取組はどのようなものがあるかの検討や、如何にエビデンスレベルの高い効果検証デザインで効果検証を実施するかの検討。
問い合わせ先
【本事業について】 法務省 矯正局 成人矯正課 処遇三係 鈴木 貴之(すずき たかゆき) 電話:03-3580-4111(内線6753) 03-3580-4101(直通) E-mail:t.suzuki.7f7@i.moj.go.jp
【総務省における実証的共同研究について】 総務省 行政評価局 政策評価課 専門官 菊池 明宏(きくち あきひろ) 電話 03-5253-6111(内線22642) 03-5253-5427(直通) E-mail:a.kikuchi@soumu.go.jp
関連資料
「刑務所における受刑者の就労支援希望の申し出促進策に関する調査・分析」について
出所:法務省ホームページ
出所:環境省ホームページ