【ベストナッジ賞】歩きスマホを防止するナッジ
概要
歩きスマホ行動を防止するためにナッジの知見を活用した映像コンテンツを作成し、デジタルサイネージを用いて「歩きスマホ者」と「非歩きスマホ者」に対して異なる内容の映像提示を行った。映像提示後の通行者の歩きスマホ状況の変化を調べた結果、「歩きスマホ者」が歩きスマホをやめた割合がナッジ介入前に比べて約3.3倍に増加した。
背景
「歩きスマホ」は歩行者の有効視野を狭くし、事故やトラブルを招く原因となっている。現在、日本には歩きスマホを取り締まる法律はなく、ポスターや動画による啓発活動を中心とした対策がとられている。しかしながら、従来の啓発活動は認知や態度に影響を与えるものの、実際の歩きスマホの行動に十分な効果が出ているとはいえない。
Behavior / Analysis:課題の特定とターゲット行動の設定
「歩きスマホ」は法律上の違反行動ではなくマナー行動の一つに分類される。歩きスマホの危険性やモラル違反は「頭」では理解されているが、従来の啓発活動のように危険性や規範意識に訴えるだけでは具体的な行動変容に繋がりにくい。危険性や規範意識に訴えるメッセージは、歩きスマホをしていない人に対してはネガティブな印象を与える可能性が高いという問題もある。さらに、個人のモラル意識が関わるマナー行動に対しては、直接的な注意はトラブルの原因となる可能性があり、自発的に行動を変えさせることが必要だと考えた。
そこで、従来の啓発活動のような歩きスマホの危険性を訴える『ネガティブ』な介入方法ではなく、介入対象者に与える心理的な負担の軽減を目的とした『ポジティブ』な介入方法をナッジの考え方を参考に開発した。また、歩きスマホ行動の有無に応じて異なるナッジを提示するようにし、歩きスマホをしている人に対しては自発的に悪い行動を良い方向に変えることを目指し、歩きスマホをしていない人に対しては良い行動を継続させることを目指した。
Strategy:介入設計
歩きスマホを質的に分析し、ナッジフレームワーク「FEAST」から2種類のナッジを設計した。
(1)Socialナッジ
歩きスマホは公衆の目に晒される行動である点に着目。笑顔や感謝などの社会的なフィードバックは、当該行動を強化すること、他者の目に晒された人は社会規範に従いやすいこと、また、特に子どもは他者の振舞いを見ることで自分の振舞い方を学ぶことから、「子供の目」を通して歩行マナーに気付かせるナッジを着想。歩きスマ ホ 者(BAD)に対しては「じゃあ、僕も歩きスマホしよ!」、非歩きスマホ者(GOOD)には「うん、僕も歩きスマホしない!」と子供キャラクターが無邪気に反応するナッジ映像コンテンツを提示。子供のセリフが出るタイミングでは、実際に子供の声を流して歩行者の注意を引きつける工夫をした。『子供の無邪気な反応』を採用することで、従来の施策と比べてよりポジティブな感情を伴う行動変化を引き出すことを狙った。
(2)Funナッジ
歩きスマホは歩行姿勢が悪くなりやすい点に着目。正しい姿勢を意識させることで歩きスマホをしなくなる行動文脈のナッジを設計。歩行をファッションショーのウォーキングに見立て、歩行者が自ら楽しんで「綺麗な姿勢」で歩きたくなる行動文脈を設計した。もし歩行者が歩きスマホをしていなければ、ファッションモデルがビューティーウォーキングを成功させる動画コンテンツを提示し、歩行者が歩きスマホをしていれば,ファッションモデルがビューティーウォーキングを失敗する動画コンテンツを提示した。判定に応じてファッションモデルのウォーキングの成否が変化することにより、歩きスマホ自体に意識を向けさせることなく、歩きスマホをゲーム感覚で楽しく抑制する効果を狙った。実験場所にレッドカーペットと呼びかけ看板を設置し、雰囲気を演出した。
レッドカーペットと看板で雰囲気を演出
Intervention:介入実施と効果検証
- 実施場所 滋賀県立大学の講義棟をつなぐ歩行通路
- 実施期間 2021年11月中旬から12月下旬に実施
- 対象者 学生、教員、他大学関係者
- 評価デザイン:前後比較
- 実施内容
- 映像提示前(観察地点1)と映像提示後(観察地点2)の2つの観察地点に無線カメラを設置し、カメラ映像から通行者の行動を判定。歩きスマホをしている⇒BAD行動、していない⇒GOOD行動と判定・記録。
- ナッジ映像は40インチのサイネージディスプレイを通して、通行者の歩きスマホ行動の有無に応じてBAD/GODDのナッジ映像を切替えて提示(通行者が2人以上の場合は1人でも歩きスマホをしていたらBADを提示)。
- ナッジ映像コンテンツを受けて2つの観察地点で通行者の行動に変化が生じたかどうかを検証した。
- 各ナッジ条件にて通行者の一部に、ナッジが提示された後の歩きスマホに対する意識と提示されたナッジへの感情についてのアンケート調査を実施。
- 結果
(1)BAD行動の改善(観察地点1=BAD、観察地点2=GOOD) 観察地点1で歩きスマホをしていて観察地点2で歩きスマホをやめた人の割合は、ナッジ介入前(26/146)に比べ、Social ナッジでは約3 倍(55/102)、Fun ナッジでは約3.3 倍(40/67)に増えた。
(2)GOOD行動の改善(観察地点1=GOOD、観察地点2=BAD) 「非歩きスマホ者」が歩きスマホを始めた割合は、ナッジ介入前(23/855)と比べ、Social ナッジでは約0.8 倍(21/954)、Fun ナッジでは約0.2 倍(5/822)に減少。
(3)アンケート結果 アンケートからは、本ナッジへのポジティブな反応を確認。 ・歩きスマホ行動に対する意識はSocial ナッジのほうが高かった。 ・ナッジに対して「良い気持ち」と回答したのは、Fun ナッジでは49%、Social ナッジでは36%。否定的回答は1ケタ%。
- 結論
- BAD 行動(歩きスマホ)の改善は、SocialナッジとFunナッジ、どちらも有効であった。GOOD 行動(非歩きスマホ)の持続は、Fun ナッジが特に有効であった。
- Funナッジは、 Socialナッジと比べて歩きスマホへの意識を高めることなく、大きな行動変容を達成した。
Change:今後の展開
- 今回の実施場所が主に学生と教職員が利用する通路であったため、結果の解釈と一般化には限定を与えることが否定できない。また、デジタルサイネージを用いた映像提示を用いて、動きと音声のある視聴覚映像が歩行者の注意を引き付ける要因になった可能性もある。今後は介入を行う対象や場所、統制条件におけるサイネージ映像などの条件をより詳細に設定し、ナッジ映像コンテンツによる介入効果の検証を重ねていく方針である。
- 今回実証したカメラ映像とサイネージを用いて人の行動に応じて提示するナッジを適宜変更する手法は、既存のデジタルサイネージや監視システムの付加価値機能として組み込むことも可能であり、早期の社会実装を目指す。
全体を通して工夫した点、課題だと感じた点
- 人の行動に応じて提示するナッジを適宜変更する点。カメラ映像から行動判定して、デジタルサイネージでナッジを提示するシステムを構築したこと。
- 「歩きスマホ」を連想させずに「歩きスマホ」を抑制する行動文脈を持つFunナッジの設計
参考文献
山田歩・ 木戸柚果・古木一朗・椿泰範・橋口拓弥・橘温希 (2022). 歩きスマホを防止するナッジ―フィールド実験による検証 エモーション・スタディーズ , 8 (1), 74 ~ 90.
問い合わせ先
三菱電機(株)情報技術総合研究所 業務部・業務グループ 古木 一朗
滋賀県立大学人間文化学部・山田 歩 yamada.ay@shc.usp.ac.jp
ベストナッジ賞2022の総評コメント
「ナッジの実践で一般的に採用されることの多い『他者や社会を意識させる介入』を、楽しさ・面白さを感じられるように演出することで、介入による不快感を低減させられた点が高く評価されました。」
引用元:http://www.abef.jp/prize/bestnudge/
ひと言メモ!
カメラ映像とサイネージというデジタル技術を生かしたナッジの事例です。目標とする行動変容につながるか、事前に確認した上でデジタル技術を導入していく必要性がわかり、”DX×ナッジ”を検討していく上で、とても示唆に富む取り組みだと思いました。(PolicyGarage・伊豆)
サイネージを活用した普及啓発の検証方法の一つとしても、とても参考になる事例です。(PolicyGarage・髙橋)
関連資料
出所:日本版ナッジ・ユニットホームページ