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活用事業に関すること
ナッジの有効性は、政策の現場で科学的な検証が重ねられたエビデンスに基づくものですが、どのような文脈(場所・時間・集団等)でナッジが使われるかによって、その効果は大きく左右されると言われています。過去に効果が実証されたナッジでも、別の機会に同様の効果が出るとは限りません。地域や事業内容、対象者の違いだけでなく、ちょっとした違いによっても効果が変わる可能性があります。ただ、この再現性の問題は、ナッジに限らず他の政策的介入にも付きまとうものです。そのため、これから問題を解決しようとする文脈が、先行事例の文脈とは多かれ少なかれ異なる点があることを認識した上で、まずは小さくはじめ、効果検証を行い、改善を重ねることで、その文脈にあったナッジを自ら見つけようとする姿勢が何より大切です。
食事、運動、睡眠や電気のオン・オフ、コピーなど、日々頻繁に行う行動の場合、少し変わるだけでも、積もり積もって大きな効果を生みます。そのため、頻度が多い行動はナッジの狙い目だと言えます。一方で、結婚や住居の購入、進学、就職などは、行動の頻度が人生に1回ないし数回しかありませんが、こうした重要な意思決定は、失敗したときの影響が大きいにもかかわらず、経験から学ぶことが難しいため、セイラ―とサンスティーンの「実践行動経済学」では、ナッジの必要性が高いケースの一つと紹介されています。
ナッジをしていない現状で望ましい行動をとっている割合が極端に高かったり、低かったりしないか事前に確認する必要があります。既に9割の人々が行動している場合、あえて行動していない1割の人々は、何らかの個別の理由があり行動していない可能性が高いため、ナッジの効果は見込みにくいです。また、多大な努力がなされたのに、1割程度しか行動していない場合も、行動変容を妨げる障害があり、ナッジを追加的に行っても無駄に終わる可能性が高いです。その場合、単純に行動変容の意義が理解されていないことが原因の可能性もあるので、教育・啓発とナッジを組み合わせることも有効です。
確かに一部のナッジでは、望ましい行動をする割合が大幅に増加するなど、とても効果的なものもありますが、あくまで例外的です。日本を代表する行動経済学者であり、BESTの有識者である京都大学の依田高典氏は、自身の節電研究の事例を引いて、自らの意思で行動変容できる2割に加えて、ナッジだけで期待できる行動変容はせいぜい1~2割程度しかないと解説しています。また、長期的にはナッジの効果が低下することも、これまでの研究から示唆されています。そのため、ナッジ単体ではなく、規制や金銭的インセンティブなどと組み合わせることで、効果と持続性を高められないか常に考慮することが大切です。
倫理性に関すること
ナッジは、社会と本人の両方にとって望ましい目的に使われるべきであり、自治体のみに望ましい方向に住民を誘導するために使うことはあってはなりません。一方で、EASTに沿って、手続きを簡単にし、内容を魅力的に伝え、心の窓が開かれるタイミングで支援策を提供することで、金銭的・時間的余裕がなく、常時目の前の課題に対応に追われている方にも、行政サービスを届けやすくできます。ナッジで市民に寄り添えると知りながら、前例踏襲のわかりにくい文書を送ることが倫理的か自問することも重要です。実践の際は、日本版ナッジ・ユニット(BEST)「ナッジ等の行動インサイトの活用に関わる倫理チェックリスト」も参考にしてください(https://nudge-share.jp/step/step3)。
海外のナッジの倫理性チェックフレームFORGOODでは、ナッジを活用する際に、Openness(公開性)、Respect(敬意)、Opinions(意見)が重要とされています。ナッジが密かに操作的に用いられていないか、市民の自主性や尊厳、選択の自由、プライバシーに配慮しているか、市民は目的と手段を受け入れているか常に注意を払うことが重要です。
実践に関すること
すべてを取り入れれば、最良な取り組みになるかといえば、必ずしもそうではありません。複数の国内自治体の実証結果でも、色々な要素を盛り込み過ぎると、効果が現われなくなる傾向が見られます。これはEASTの大前提であるEasyが失われた結果と解釈できます。相手にとってもらいたい行動とその具体的なステップが明確になっているか最後に確認することが大切です。
画像や色を使いすぎると、シンプルさが失われるため、全体のバランスを考慮することが大切です。また、過度に恐怖心を植え付けるような言い回しや色使いは、相手に不快感を与え、逆効果になる可能性もあるため、強い心理的負荷がかからないように常に注意を払うことが必要です。封筒やチラシの色を変更した場合も、従来より効果が出るとは限らないため、実現可能な評価方法を用いて検証することが必要です。
英国BITでは、評価方法としてRCTが推奨されていますが、すべての現場でRCTを採用できるとは限りません。できる範囲で評価を行うことが重要です。例えば、ナッジを導入する前の年と導入した年の「前後の変化」を計測した上で、ナッジを導入していない近隣の市町村の同じ2年間の変化と比較する、差分の差分析という評価方法があります(https://nudge-share.jp/step/step3)。実施した介入が、従来のものより必ず効果的であるとは限らないため、実現可能な評価方法を用いて介入策を検証し、その結果を踏まえて、次に活かすという「検証マインド」を持つことが何より大切です。
住民サービスの向上のために、絶え間ない努力を重ねることは自治体職員に不可欠なマインドです。ナッジに限らず、時に住民サービスの向上やアウトカムの改善から対象者が増加し、それに伴う業務負担の増加も考えられますが、それは自治体職員として必要なことではないでしょうか。 そのなかでも、ナッジの活用は、通知や封筒の改善など身近な業務から始めることができ、金銭的・時間的・人的な導入コストが小さく、他の行政手法と比較して、費用対効果の高いことが特徴です。 また、ナッジの活用は、市民に行政サービスを届けやすくすることに加え、わかりにくさに起因する問合せや申請ミスを削減するなど、自治体内部の業務を効率化することにもつながります。封筒をナッジで改善したつくば市の事例では、返送率の向上により未返送者への意向確認業務が減ると、年間約39日分の業務量、人件費換算で約113万円が削減できると試算されています。 さらに、自治体では、法律や決められた手順のとおりに仕事が進めることが求められるなかで、ナッジの考え方が広がれば、職員一人ひとりが主体的、能動的に業務を変えていくことにつながります。職員が、仕事にやりがいやワクワク感を感じ、組織が活性化していけば、より効果的・効率的に行政サービスを提供していくことができるでしょう。