【ベストナッジ賞】大腸がん検診受診率向上ナッジの比較検証
概要
福井市において、大腸がん検診の受診率を向上させるため、複数のナッジによる行動変容効果の比較検証を行った。
背景
「がん」は、日本人の死亡原因の第一位であり、特に、部位別死亡原因の第一位(女性)である大腸がんへの対策は急務となっている。一方、がんの予防にエビデンスはあるものの限界があるため、検診による早期発見・早期治療が不可欠である。
このなか、日本国内では、ナッジを活用した大腸がん検診の受診勧奨策が考案されてきており、例えば、プロスペクト理論を用いて受診率を改善した東京都八王子市などの事例がある(参考:【ベストナッジ賞】がん検診の受診率改善)。
今回は先行事例を参照しながら、簡素化、インセンティブ、社会規範のパターンを考案し、どのナッジに最も効果が期待できるのかの比較検証(ランダム化比較試験)に取り組んだ。
Behavior / Analysis:課題の特定とターゲット行動の設定
(1)最終目標
令和5年度の大腸がん検診受診率:27.0%
(参考)令和4年度:24.7%
(2)行動プロセスマップの作成、阻害・促進要因の特定
(3)ターゲット行動の設定
上記(2)の行動プロセスマップのうち、阻害・促進要因により、最も受診の意思決定に影響しそうな「❷内容を理解する」「❸受診しようと思う」をターゲット行動に設定
- 阻害要因:「情報が多い」「日程調整が面倒」など
- 促進要因:「3STEPなどで検診の流れがあらかじめ示されている」「検査費用の補助(お得感の演出)がある」「周囲の人々が受けている」など
Strategy:介入設計
大腸がん検診事務担当者と福井市ナッジ・ユニットとの間で複数回の検討会を行いながら、EASTフレームワークを活用して介入案を検討した。その結果をもとに「①簡素化」「②インセンティブ」「③社会規範」の3種類のナッジ版勧奨ハガキを作成した。
なお、プロスペクト理論を活用した八王子市の事例は、前年度受診者に対して採便容器を無料送付し、リピート受診を促したものだったが、福井市では前年度受診者に対する採便容器送付は行っておらず、前提が異なるため、EASTフレームワークにより幅広く検討した。
<ナッジ活用のポイント>
①簡素化:「3STEPで簡単」のように申込が容易に完了できることを強調
②インセンティブ:「2,000円の割引」でお得感を強調
③社会規範:「1万人以上」で多くの人が受けている印象を強調
Intervention:介入実施と効果検証
(1)アウトカム設定
令和5年度の大腸がん検診受診率:27.0%
(2)実施方法・評価デザイン
- 検証方法:ナッジ版3種類に従来版1種類を加えた計4種類の勧奨ハガキを対象者に無作為に送り分け、どの程度受診率に差異が生じるかを明らかにする(ランダム化比較試験)
- アウトカム指標:勧奨ハガキを受け取った後における指定期限までの検診受診の有無
- 対象: 令和5年6月に福井市が受診勧奨通知を送付した全ての大腸がん検診対象者のうち、9月までに未受診で、以下の3つの条件を全て満たす方を対象に選定し、リマインドとして勧奨ハガキを送付
- 年齢(令和6年3月31日時点)が40歳、45歳、50歳、55~69歳に該当する方
- 令和元~3年度に大腸がん検診受診歴のある方
- 令和4~5年度に大腸がん検診未受診の方
- 期間:令和5年10月30日から令和6年3月18日まで
- 倫理的配慮:日本版ナッジ・ユニットBEST『ナッジ等の行動インサイトの活用に関わる倫理チェックリスト』にて倫理面の事前チェックを実施
※「節目年齢を迎え健康に対する関心が高まりやすい年齢」や「過去5年以内に受診歴があるが2年以内は未受診」など、特に受診が見込めそうな方を想定
※毎年、福井市では一定期間内に受診していない方の一部を対象に、リマインドとなる勧奨ハガキを送付(対象条件は毎年変更)
(3)結果
4種類のはがきによる受診率の違いは下記のとおり
①簡素化:18.0%(97人/540人)
②インセンティブ:16.7%(90人/539人)
③社会規範:15.8%(85人/538人)
④従来版:14.6%(79人/542人)
市全体の受診率(リマインド前に受診した方やリマインド対象外の方も含む)については、令和4年度:24.7%から令和5年度:25.2%に微増
(4)考察
- いずれのナッジも、受診率の水準からは従来版と比べて受診率を向上させる可能性が確認されたが、統計的有意差は観察されなかった。
- さらに、複数のナッジの中でも、特に「①簡素化」に受診率を向上させる効果が大きい可能性が示唆された。
- 一方、従来版と比べて最大でも3.4ポイントの受診率向上効果であったことから、さらなる効果を期待する場合は、より強い介入となる政策手法との組み合わせが求められる。
Change:今後の展開
- 年度初めに全ての検診対象者へ送付する等、今回得られた知見を次年度以降の大腸がん検診受診勧奨業務の参考としたい。
- 大腸がん検診以外の各種がん検診や国民特定健診にも応用可能性があることから、これらの業務においてナッジ活用を検討したい。
全体を通して工夫した点、課題だと感じた点
- 今回の検証では、統計的有意差は確認されなかった。サンプルサイズが不足していた可能性が考えられ、今後に向けては群数を絞る等の工夫が考えられる。
- 一方で、限られた予算の範囲内で、可能性のあるナッジについてできる限り効果検証できるように取り組んだ。
参考文献
- 厚生労働省『受診率向上施策ハンドブック(第2版)―明日から使えるナッジ理論―』 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_04373.html
- 帝京大学大学院公衆衛生学研究科『ナッジを応用した健康づくりガイドブック3:健診・保健指導編―取組に活かすヒントと好事例集―』 https://www.nudge-for-health.jp/2023/03/news197/
- 横浜市行動デザインチームYBiT「EAST_YBiT版」 https://ybit.jp/download/east_ybitedition_201903
問い合わせ先
福井市ナッジ・ユニット(事務局:福井市総合政策課)
メールアドレス:sougou@city.fukui.lg.jp
関連資料
福井市ナッジ・ユニット活動報告書(令和5年度)
出所:福井市ホームページ
令和6年度ベストナッジ賞(環境大臣賞)
出所:環境省ホームページ