どうすれば、効果的なナッジを設計できるのでしょうか?
皆さんの設計をサポートする、いくつかのツールが提案されています。
ここでは、経済協力開発機構(OECD)が提案する「BASIC(ベーシック)」と、英国のBehavioural Insights Team(BIT)が提案する「EAST(イースト)」を紹介します。
また、ナッジの背景にある、意思決定の規則的な偏り「バイアス」についても解説します。
BASIC
BASICは、ナッジ活用の一連のプロセスをまとめたツールです。
「行動(Behavior)」「分析(Analysis)」「戦略(Strategy)」「介入(Intervention)」「変化(Change)」という5つのステップに沿って取り組むことで、PDCAサイクルに即してナッジ活用を実践することができます。
1.行動(Behavior)ー課題の特定とターゲット行動の設定
まずは、行動プロセスをできる限り細かい要素に分解して、問題を引き起こしている行動は何か、どの行動にターゲットを絞るべきか、目指すべきアウトカムは何かを整理します。
2.分析(Analysis)ー行動に関する分析
ターゲットとする行動の原因となる心理的・認知的要因(意思決定のバイアス)を分析します。
3.戦略(Strategy)ー行動科学的な介入策の検討
着目した意思決定のバイアスに対して、有効なナッジを検討します。
4.介入(Intervention)ー介入実施と効果検証
どの戦略が最も効果的かを明らかにする実証実験を行います。
5.変化(Change)ー効果検証を踏まえ今後の展開検討
実証実験の結果を踏まえ、長期的な影響について考察し、規模を拡大して本格的な事業として実施するかどうかを判断します。
EAST
EASTは、BASICにおける戦略(Strategy)、つまり、行動科学的な介入策を検討する際に有効なチェックリスト型のツールです。「簡単に(Easy)」「印象的に(Attractive)」「社会的に(Social)」「タイムリーに(Timely)」の4つの観点と11のポイントに整理されています。
1.簡単に(Easy)
簡単に(Easy)は、EASTにおいて最も重要な観点です。情報や手続きをシンプルにすることで、行動を実行するハードルを下げることが狙いです。人間は、現状に留まる傾向(現状維持バイアス)を持つため、初期設定の選択肢を支持しやすいことから、特に1-①のデフォルト機能の活用は強力な効果を発揮しますが、そのデフォルトが個人や社会にとって望ましいものか、倫理的な観点から十分な検討も必要です。
1-①デフォルト機能を活用する 1ー②面倒な要因を減少させる 1ー③メッセージを単純化する
2.印象的に(Attractive)
印象的に(Attractive)は、行動したくなる(したくなくなる)要素を取り入れる観点です。日常に溢れる膨大な情報のなかでも注目されるためには、魅力的なデザインにしたり、コストや利益を強調する表現が有効です。また、金銭や商品などの外発的な動機付けと、向上心や社会的意義などを訴求する内発的な動機付けを上手に活用することも有効です。
2ー①関心を引く 2ー②動機付け設計をおこなう
3.社会的に(Social)
社会的に(social)は、人間が周囲の態度や言動に影響を受ける社会的動物であることを考慮した観点です。多くの人々が実行していることを提示することや、他人のために行動することを意識させることが行動への後押しとなります。また、周囲へ行動することを宣言することで、行動するように仕向けることも有効です。
3-①社会規範を示す 3ー②つながりを活用する 3ー③コミットメントを促す
4.タイムリーに(Timely)
タイムリーに(Timely)は、人の受け止め方がタイミング次第で変わる特性を利用し、タイミングよく介入することで、望ましい行動を促進する観点です。人間が将来の利益よりも目先の利益やすぐに得られる快楽を優先する傾向を「現在バイアス」と呼び、将来のメリットを示すとともに、短期間で得られるメリットを強調することも有効です。また、行動の障壁をあらかじめ想定し、その対処計画をあらかじめ立てることも有効です。
4ー①タイミングを見極める 4ー②現在バイアスを踏まえる 4ー③事前に対処行動を決めるよう促す
参考文献
EASTチェックリスト・活用ガイド
出所:横浜市行動デザインチーム YBiT ホームページ
意思決定のバイアス
人間の脳は、限られた情報しか処理できないため無意識に情報を取捨選択しており、意思決定には規則的な偏りが観察されます。ナッジは、この規則的な偏りを利用するものですから、意思決定のバイアスをきちんと理解することで、より効果的なナッジを設計できるようになります。
ここでは、代表的な意思決定のバイアスやそれに伴う行動特性として、「1.現状維持バイアス」「2.選択・情報過剰負荷」「3.フレーミング効果」「4.同調効果」「5.現在バイアス」を紹介していきます。
1.現状維持バイアス
現状維持バイアスとは、現状の変更よりも維持を好む傾向のことを指します。この傾向の背景には、現状を参照点としたときの「損失回避性」や「保有効果」があると考えられています。
損失回避性とは、損失を極端に嫌う性質のことで、利得を得たときの満足感よりも、同程度の損失が生じたときの不満感の方が大きく感じられると言われています。
保有効果とは、同じ財であっても保有する前後で価値の感じ方が変わり、保有後にその財の価値を高く見積もる傾向のことです。
つまり、現状を変更することに大きな喪失感を感じたり、今現在保有している財の価値を高く見積もったりする傾向のために、私たちは現状維持することを好みがちだということです。
EAST「1-①デフォルト機能を活用する」は、この現状維持バイアスを利用する工夫です。
※「損失回避性」の詳細は、以下の動画で学ぶことができます:
2.選択・情報過剰負荷
選択過剰負荷とは、選択肢が多すぎると選択肢同士の検討が困難になることを指します。その結果として、意思決定自体も困難になる傾向があると考えられます。
似た概念として、情報が多すぎて情報の取捨選択が困難になる情報過剰負荷があり、ここでも、意思決定自体が困難になる傾向があります。
EAST「1-②面倒な要因を減少させる」「1-③メッセージを単純化する」は、これらの負荷を軽減させることで、最適な選択を行いやすくする工夫です。
3.フレーミング効果
フレーミング効果とは、同じ内容でも表現次第で人々の感じ方が異なることを指します。例えば、損失回避性を踏まえると、同じ内容を利得フレームで表現したときと損失フレームで表現したときでは、人々の感じ方が異なってくると考えられます。
また、客観的な確率と主観的な確率認識に乖離がある確実性効果の観点からも、フレーミング効果が発生します。確実性効果では、30~40%を境目に、0%に近い客観確率は主観的にはより高く、100%に近い客観確率は主観的にはより低く感じる傾向があると言われています。したがって、「1%の確率で〇〇が生じる」と表現したときと「99%の確率で〇〇は生じない」と表現したときでは、やはり人々の感じ方が異なってくると考えられます。
EAST「2-①関心を引く」「2-②動機付け設定をおこなう」ときに、このフレーミング効果の利用を検討することは有用です。ただし、利得フレームより損失フレームがいつも有効なわけではないので、どのフレーミングが有効かを比較検証する手続きを事前に踏むことが大切です。
※「確実性効果」の詳細は、以下の動画で学ぶことができます:
4.同調効果
同調効果とは、周囲の人々と同じ行動や社会規範と一致する行動を取りたがる傾向のことを指します。この傾向の背景には、周囲の人々の行動や社会規範を参照点としたときに、そこから逸脱することに喪失感を感じる損失回避性や、多数派に所属することによる安心感などがあると考えられています。
EAST「3-①社会規範を示す」「3-②つながりを活用する」は、同調効果に関連する工夫です。
5.現在バイアス
私たち人間は、将来に受け取れる利得を割り引いて過小に評価するために、目先の誘惑に負けやすい傾向を持っています。
例えば、「今すぐ10,000円受け取る」と「1年後に11,000円受け取る」のどちらがいいかと聞かれると、今すぐ10,000円受け取ることを選んでしまう人は多いでしょう。「1年後に受け取れる11,000円」が割り引かれて、例えば9,000円程度と過小に評価するために、「目先の10,000円」の価値の方がより高いように感じられるのです。
一方で、「1年後に10,000円受け取る」と「2年後に11,000円受け取る」のどちらがいいかと聞かれると、2年後まで待とうと思える人が多くなるはずです。
このように、私たち人間は、将来同士のことを検討するときは、誘惑に負けず理性的な意思決定ができるのに、現在と将来のことを検討するときには、誘惑に負けてしまうという傾向を持っています。この傾向のことを、現在バイアスと呼びます。現在バイアスが強い人は、将来に向けて立てた理性的な計画を予定通りに実行できずに、先延ばししてしまうと言われています。
EAST「3-①コミットメントを促す」「4-①タイミングを見極める」「4-②現在バイアスを踏まえる」「4-③事前に対処行動を決めるよう促す」は、現在バイアスのよる先延ばしの発生を防ぐために、適切なタイミングで情報提供したり将来の行動に制約を課すための機会を提供したりする工夫を指します。
※「現在バイアス」の詳細は、以下の動画で学ぶことができます: