市民や社会のためになる行政サービスをせっかく作ったのになかなか利用してもらえない、という経験をしたことはありませんか?
こういった課題の解決方法として、今、日本の政策現場で注目されているのが「ナッジ」です。
ナッジとは、例えば、サービスの利用手続きを簡便化したりサービスの魅力が伝わりやすい説明を追加したりなど、市民の側から自発的に行動を起こしてもらえるように促すための工夫です。
ナッジには、
- 法律や罰金などで利用を強要しないこと
- 人々の価値観や好みに合わせて工夫すること
- 人々の生活や社会全体の改善に貢献できること
などの特徴があります。
法律や罰金などで利用を強要しないという特徴は、人々の選択の自由がしっかりと保障されていることを意味します。
また、高額の報酬で釣るのではなく、「人々の価値観や好みを踏まえると、こんなふうに働きかければ、本来希望する選択を人々自ら実行しやすくなるのではないか」という予測に基づく働きかけであるという点も重要です。
そして一番大切なのは、ナッジによって行動が促された結果として本人や社会の状態が改善されるという点です。自治体や企業の都合”だけ”を押し付けるものであってはいけません。
言葉だけで理解するのは難しいので、日本国内の実践事例を見ながら学んでいきましょう。
日本国内の実践事例
ナッジにはいくつかのアプローチがあります。
① シンプルにする
一つ目は、「情報をできるだけシンプルにすることで、選択しやすくする」というものです。
行政の作成する文書はしばしば情報過多になりがちなので、一にも二にもこれが重要です。
(出所:横浜市戸塚区税務課,三菱UFJリサーチ&コンサルティング)
上図は、固定資産税の口座振替の利用を促すためにチラシのデザインを改良した、横浜市戸塚区の取組みです。
元の文書は、文字が細かく情報量も多いので、受け取った人々は内容を理解することを途中で諦めて、手続きを先延ばししそうです。改良後のチラシは、単純に見やすいだけでなく、いつまでに何をすればいいのかも理解しやすくなっています。
このチラシを手続きに必要な個別情報と一緒に送ったことで、元のチラシを送った場合に比べて、口座振替利用率は8.8%ポイントも高まったそうです。
② 初期設定を変更する
二つ目は、「サービスを利用する選択を初期設定にすることで、選択しやすくする」というものです。初期設定は、デフォルトと呼ばれることもあります。
従来の書式
*「取得しない」がデフォルト
新しい書式
*「取得する」がデフォルト
氏名 | 宿直明け休暇の取得 |
□ する | |
□ する |
氏名 | 宿直明け休暇の取得 |
□ しない | |
□ しない |
(出所:日本版ナッジ・ユニット連絡会議ホームページのイメージ図をもとに作成)
上図は、宿直明けの休暇の取得を促すために申請フォームを改良した、中部管区・関東管区警察局の取組みです。
元のフォームは、休暇を取得しない選択が初期設定になっています。□にチェックを入れるだけで申請できるので、一見簡単な手続きのように思えますが、「他の人がチェックしていない中で、自分だけチェックを入れるのは憚られる」などの心理的な負担が感じやすいのかもしれません。
その点、新しいフォームではチェックを入れなくても申請できるので、手続きがもっと簡単です。実際、右のフォームに変更したことで、宿直明けの休暇取得者数や年間平均休暇取得日数が増えたと報告されています。
※詳しい事例解説はこちら
③ 言い換える
三つ目は、「サービス利用の重要性や魅力の説明を言い換えることで、選択しやすくする」というものです。
同じことを色々なフレーミングで表現してみて、その中から重要性や魅力を人々が実感しやすいものを探します。
(出所:日本版ナッジ・ユニット連絡会議ホームページより)
上図は、大腸がん検診の便潜血検査キットの利用を促すために勧奨ハガキのメッセージを工夫した、東京都八王子市の取組みです。
左は、検査キットを今年利用することで、毎年キットが自動送付される権利を守れるというポジティブ表現になっていますが、右は、利用しないと、その権利が失われてしまうというネガティブ表現になっています。メッセージの伝える事実はどちらも共通ですが、右の方が利用しないと大きく損するように感じられるわけです。
実際、右のハガキが送付された人たちの方が、検査キットの利用率は7.2%ポイントも高かったそうです。
※詳しい事例紹介はこちら
④ 情報を追加する
四つ目は、「人々の気になる情報を追加してサービス利用の重要性や魅力を強調することで、選択しやすくする」というものです。
人々の気になる情報の代表格は、自分以外の他人がどうしているかです。
(引用情報:日本オラクル「ご家庭の省エネレポート」のイメージ図をもとに作成)
上図は「ホーム・エナジー・レポート」と呼ばれる省エネ・レポートです。
各家庭に郵送して、その中で、近隣のよく似た家庭や省エネ上手な家庭の電力使用量と、自分の家の電力使用量が比べられるようにしてあります。周りの家庭よりも使いすぎている場合は、「もう少し節電や省エネを心がけないと」と思わずにはいられないようなデザインになっているのです。
実際、ホーム・エナジー・レポートを受け取った家庭は、受け取ってない家庭に比べて、平均にして2%ほど電力使用量が減少すると報告されています。
ナッジには、これら4つ以外にもさまざまなアプローチがあります。
リマインド・メッセージを効果的なタイミングで送付したり、個人宛のメッセージにして注意をひきつけたりするアプローチなども含まれます。